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  正 体 は ?  4 ・ 私 に 聞 こ え た 音

 
 引出し撤収から間もなくのある夜。その日はみんな一斉に、10時頃床に就いた。深い眠りへと入り始めた頃、私は部屋の物音で目を覚ました。それは、引き戸を引いて戸を開ける音で、その後に『ゴソゴソッ』と何かを物色する音が続いた。時計を見ると10時半だった。
 30分も眠れば充電チャージOK!な父。その父が隣りの部屋から起きて来て引き戸を引き、夜の散歩(徘徊)運動を開始したのかと思った。静かにそっと上半身を起こした私は、部屋の中を見渡したが真っ暗な中に人影は見えなかった。屈んで何かを物色する父が見えないだけかと思い、何度も目を凝らし息を殺して部屋を見渡したが、やはり父はもちろん誰も見えなかった。
 夜の10時半と言えば、ご近所はまだ明るく生活活動の時間帯である。それでも『いくらなんでも、こんな時間に泥棒さん?』と疑いたくなるほど、それはとてもリアルな物音だった。なので、私は布団から出て起き上がり、各部屋と玄関や廊下の全てを点検した。どこも異常は無かったし、父と母が寝ている部屋は静かで、どちらも起きている様子は全く無かった。ふすま越しに耳を澄ませると、父のいびきが聞こえて来て、ぐっすりと眠る父がそこにいると窺い知れた。
 翌朝、母に確認するが「そんな音は聞こえなかったし、父が起きたのも知らない」と言う。(熟睡する子供なので当てにはならないが)念のためみみかにも聞いてみたが、寝入り端のみみかにも何も聞こえなかったと言う・・・。
 『あの音は一体何だったのか・・・?』決して空耳ではない!確かに私には聞こえたのだ!引き戸を引いて戸を開ける音、そして何かを物色するようなゴソゴソ音。(実際、引き戸を引いて音を確かめたが、間違いなく聞こえたものと同じ音だった)思いを巡らしていると、私はフトある事を思い出した。

 数年前、危なげではあるが、電車を使ってまだ一人で我が家へ来ることが出来ていた父。早朝からの母の出勤後に実家を出発し、父が我が家に辿り着くのはとても早くて6時頃、ちょうど私の起床時間だった。前日に母から電話で「お父さん、明日そっちに行くって言ってるわ」と、あらかじめ連絡があると心して起床するのだが、連絡なしに早朝突然やって来ることもしばしばだった。
 その時すでに、電話をかけることやチャイムを鳴らすという行為が出来なくなっていた父である。母からの前日連絡が無かった朝は、私も気が緩んで寝坊をすることもあり、そういった日に限って雨戸を開けたとたん、目の前に父の鞄だけが置かれてあったり(その間庭いじりする父)、ただ静かに突っ立っている父がいたりで、『ワー!ビックリした〜!』と驚くことがよくあった。

 稀に玄関を軽く叩いてみたり、「オーイ!」と声をかけたりすることもあったが、ほとんどの場合は庭いじりをしながらウロウロして、ただひたすら雨戸や玄関の戸が開くのをジッと待っていた。そんな状態だったので、母からの連絡が有ろうが無かろうが、早朝の父の訪問に対応できるよう起床し、外の物音に毎朝私は神経を研ぎ澄ましていた。
 そんなある日のこと。『父来る』の母からの連絡は無かったが、いつも通り朝6時にはちゃんと起床しなければならない用事のあった私。翌朝、父の『オーイ!』の声で目が覚めた。時計を見ると、ピッタリ朝6時!ちょっと早めにと、10分前の5時50分に目覚ましをかけていた私は、鳴ったはずのベルを無意識に切り、しっかりと二度寝をしてしまっていた。
 父の声に慌てて私は雨戸を開けた。しかし、そこには父の鞄も父の姿も無かった。リアルな父の声に疑いもなく、庭の周辺を見渡すが父は居ない。念のため、電話を入れると父は実家にいた。
 父の『オーイ!』の声・・・、あれは一体何だったのか?考えあぐねた末、その時に出した私の答え。【もしかして、寝坊しそうな私を父がテレパシーで起こしてくれた!?】・・・だった。
 人の想念(思いの力)は強い。我が家に来たいが電車に乗れない、電車に乗れないが父の想念(思いの力)は時空を越え、我が家に辿り着いた。我が家に辿り着いたが、父が目にした(?)のは寝坊している娘の姿、『これはイカン!』と声をかける。私に向かって『オーイ!』・・・と。ウーン、完璧、間違いない!




 
   
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