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  残 念 ! 探 し 出 せ ず


 トイレで上手く用を足せないことが多くなってきた父である。理由は着る服の問題・認識の問題・感覚の問題などいろいろとあるだろう。顕著になってきたのが、ベルトの着用・ボタンの留め外し・ジッパーの上げ下ろしなど、無意識であっても何気に出来ていたこの手の脱着作業が困難になった。
 ある日のこと、生理現象の催しを感知してトイレに入った父、便器の蓋とイスを上げおしっこをしようとするが、便器の前に突っ立ってやたらと唾を吐き出すだけ。結局、おしっこはしないまま出て来てしまった。
 〔ベルトを緩めて、ズボンのボタンを外し、ジッパーを下げる〕という一連の作業が、父にはなかなか出来ないのだ。これが出来ないと、当然次の作業にも移ることが出来ない。
 なので、手間取っている父の作業を手伝おうとするが、家族に対する羞恥心からか不機嫌になり逆切れされる。仕方なく【言葉】で再度トイレへと促すが、これもあまりしつこいと怒りモードに切り替わる。その結果、私たちには為す術がない。
 それにしても、唾を吐き出すという行為を、父はトイレに入ると必ずする。そしてこの時は、トイレから出てきて洗面台でも『ペッ!ペッ!』を繰り返した。
 推測するに、『唾吐き』は出したいものを出せない現れ、出せないものを『唾』に代用して出す代替行為のように思う。体の中から『おしっこ』を出したい!けれど出せない。だから、代わりに今の自分に自らの力で出せるもの・・・すなわち『唾』を出す。鼻水や涙だと自分で意識して出したり、ただひたすら流すわけにも行かないし、自力で『出す』という代替行為とはちょっと違う。
 結局『ペッ!ペッ!』行為で父は一旦落ち着いたようだったので、私たちも「もういいのか」と油断して、いつもの居場所に父を座らせおやつを共にしていた。すると、突然父は立ち上がりトイレに向かって慌ててダッシュした。後を追い様子をうかがうと、やっぱりおしっこがしたかったらしく、かろうじてジッパーを下ろすことの出来た父の社会の窓は、めでたく開けられていた。
 しかし、その社会の窓からは、上に着ていた黒色セーターとラクダ色の下着の2色の布が、鳥のくちばしのように引っ張り出され飛び出ているのみ。パンツの奥に隠された肝心の自分のおちんちんは、残念ながら探し出せなかったようだ。普段は「お宝」を隠し探すことがお得意な父であったが、自分の大事なお宝は自分で取り出せなかったようだ。母が、嫌がる父のズボンのベルトとボタンを外し、パンツを下ろさせ無事おしっこをさせた。
 今までも「あわや!お漏らし!」と何度か危機を迎えてきた。実際、洗濯の時に気付いた少量の失禁もあった。今まではき慣れてきたはずのボタンやジッパー付きのズボン、そういったものへの『脱ぎ捨て』の段階に父は入ったようだ。この日を境に、今までのボタンやジッパー付きズボンは、父の目に触れない場所に一斉撤去され、ゴム仕様のズボンに全て替えられることとなった。




 
   
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