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  入 れ 歯  3 ・ 歯 抜 け の マ ヌ ケ


 デイで『入れ歯外し』をしてきた父は、前歯の抜けた『歯抜けのマヌケ』になって帰ってきた。一年も前だったなら、『入れ歯』をはめ忘れた父の顔を見て「お父さん、歯抜けのマヌケやよ〜!」と言って、私たちはよく笑ったものだった。『歯抜けのマヌケ』は、父と私たちとの『入れ歯をはめ忘れてるよ』の合言葉だった。
 その頃の父には、まだ普通並みのエチケット心や恥じらい心やらがあった。だから、お出かけ前に私たちがその合言葉を笑いながら言うと、父は舌先で前歯をチョロチョロと触れ、自分の前歯であるはずの『入れ歯』を確認した。舌先にそれが触れないと分かると、「ホンマや!」と言っては自分も笑い、身だしなみとばかりに『入れ歯』をパコッとはめていた。
 今ほど怒りモードもあまり無く、それなりにちゃんとのコミュニケーションが行き交っていたあの頃、『歯抜けのマヌケ』の父の笑顔が今はちょっぴり懐かしい。元々、心優しい父なのだ。だからこそ、(今も笑顔はちゃんとあるのだけれど)最近の怒りモードが特に目立ってしまい、あの優しいお茶目な父の笑顔が陰に隠れてしまうのだ。【やっぱり笑顔のほうがいい!優しい顔で父には笑っていて欲しい!】そう思う今日この頃である。
 今後、このたび無事に外された父の『入れ歯』は、おそらくもう二度と父の口にはめられることは無いだろう。はめたが最後、また大騒動である。『入れ歯』に対する父の思い入れも気にする様子も全く無いようだし、促す家族も促される父も、この『入れ歯』からはめでたく卒業となりそうである。
 『入れ歯』を外した父に対する今後の課題は、我が家での食事について。さすがに、『入れ歯』(前歯)が無いと食べ物に噛み付けなかったり、硬いものや大きくて噛み切れないものなどは食べにくそうである。試しに・・・と、父の好きなカリント菓子を出してみたら、むき出しの歯茎から血が出てきた。
 そんなこんなでこれからは、一口サイズや柔らかさに工夫したりと、食事の内容を若干変える必要があるようだ。一連の『入れ歯』騒動を思えば、そういった工夫など大した事は無い!(かな?)手間は増えるかも知れないが、これもいつかは必要な勉強体験と思えばこれも良し!
 何よりも【父の喜ぶ顔】【父の優しい笑顔】を見られるよう、私の料理に関しても日々精進!である。



 
   
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