入 れ 歯 2 ・ ア ッ サ リ 技
父の『入れ歯外し』に苦労しつつ失敗続きの数日が過ぎた。時として、近くに寄らずとも父と同じ部屋にいるだけで、その『臭さ』を感じてしまえることもあった。私と母、そしてみみかの願いは一つ『早よぅ〜、入れ歯を外してぇ〜!』
ある日のお昼、父とみみかが庭をいじって遊んでいた。おのおの好きなところを好きなようにいじっていたが、ふとした拍子に父とみみかが向かい合わせの格好になった。その瞬間、父から漂ってきたその『臭さ』に、みみかは思わず言ってしまった。
「じいじ、お口、臭〜〜〜い!!」。そう告げるとみみかは父から逃げた。
しばらくして、私も母も庭いじりが終わり、みんな家の中に入った。手を洗おうと洗面台へ行くと、父が水道を独り占めして何やら必死の様子。静かにそっと観察してみると、なんと父が『歯磨き』をしているではないか!誰にも促されず、父は自分で自ら歯を磨いていた。しかも、お昼!それも、『シャカシャカシャカッ!』と激しく真剣に必死に!
どうやら、大好きなカワイイ孫≠ンみかの一言がショックだったらしく、父のエチケット心に火が付いたようだ。もちろん『入れ歯』自体はそのままで、いつものように外していないままの『歯磨き』である。しかし、歯磨き粉を付けたのか付けてないのかは不明だが、歯磨きあとの父の口からは、一切『臭さ』を感じられなくなっていた。普段であれば、『入れ歯』自体の汚れが取れずに、多少は『臭い』はずなのだが・・・。何故だか不思議と『臭くなーい!』のだ。
超人の父である。きっと、みみかの切なる願いを感知し、そして大いに発奮し『臭い素』だかなんだかを、超能力でも使って消し去ってしまったのだろう。
・・・そうは言っても、これもこのとき限りのことである。連日にわたる家族の促しでの失敗に力尽き、私たちは意を決し、デイの方で『入れ歯外し』の促しをお願いすることにした。
あまりにも汚れているであろう父の『入れ歯』を、外してもらい目に触れてもらうには忍びないと感じていたため、私たちはデイの方に頼むことをずっと躊躇っていた。しかし、もう限界だ!介護士さんに電話をして、事情を説明し『入れ歯外し』をお願いした。
介護士さんは「そしたら、一度ナースに促してもらいましょう」「ナースが相手だと、わりと多くの方が素直に従われますんで」「でも、一度で上手く行かないこともありますから、その時は様子見ながらトライしますね」と仰って下さった。
【うーん、心強いお言葉!】依頼した安心感と、いつ終わるとも知れなかった『入れ歯外し』という難問からの解放感とで、私たちはホッとし救われた。
デイの日の当日、さっそく介護士さんから連絡を頂いた。「施設に到着された早々お父様に、『入れ歯、外させてもらいましょうかぁ〜?』と声をかけると、すぐさまアッサリと外されましたヨ!」との内容。
『ぬぁ〜にぃー!?アッサリーッ!!』『半月間のあの家族の苦労は、一体何やったんやー!!』そう思いつつも当然あり得る父の態度に、『やっぱり・・・!』と私。
『なんやぁ〜、もっと早く頼めばよかったわー!』と母。
家から一歩外に出て、家庭や家族以外で見せる顔、そんな『よそ行き顔』が子供にも大人にも誰にでもある。普段ダラ〜リと心許せて我がまま言える家庭や家族とは違って、それ以外の場所や相手に見せるその顔やその態度。父に関しても、まあ考えられない『素直さ』や『大人しさ』、『緊張』や『張り切り』ぶりである。それゆえに、父が見せたそのアッサリ技の『よそ行き顔』は当然のことであろう。
それにつけても、この『入れ歯外し』の一件は、【家庭や家族では出来ないこと・家庭や家族だからこそ出来ないこと】があるのだと、痛切に感じた一件となった。
だからこそ、認知症患者を支える家庭や家族にとって、デイなどの家庭外また家族以外での支援は、本当に本当に有り難い限りなのである。
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