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  愉 快 な 認 知 症 の ネ ー ミ ン グ


 これは、【愉快な認知症】というネーミングのきっかけを書いた、今から数年前の文章です。

〜 現在、認知症の父はお金の価値もよく分からなくなり計算も出来なくなって、一人で電車に乗ることが出来ません。だから、みみかのいるこちら(我が家)に来たいと思っても、一人ではままならない状態なのです。
 一人で電車に乗ることがかろうじて出来ていた頃も、違う路線の電車に乗ってしまい引き返したり、切符をどこへやったのか分からなくなったり。家を出発して、かなりの時間が経ってからようやくこちらに到着したこともあれば、私たちが以前住んでいた駅に降りてしまい、そこから歩いて全く違う方向から辿り着いたこともあった。最寄の駅員さんには連日ご心配をおかけしたりで、父にとって一人で電車に乗るという行動自体が、かなりプレッシャーとなり不安やストレスを感じることになっていたようでした。
 今は、母や私たちが一緒に動けるときにしか、父は買物するためのお店に行ったり遠出したりすることが出来ません。そんな父にとって、お出かけは何よりの喜びのようで、外出すると父はニコニコ笑顔になります。それに、大好きな母と一緒だということが、父には一番ご機嫌なことなのです。
 その日、実家から持ち帰る荷物がたくさんあったので、キャスター付きのかばんに荷物をパンパンに詰め込み、それ以外のものもリュックや手提げかばんに分けて、さあみんなで我が家へと出発です。
 父にとって荷物運びなどの力仕事は、唯一自分に出来る自慢の仕事なので、こういった場面では必ず張り切る父の姿があります。スーパーからの買物の帰りなども、全部自分が持とうとします。
 この日は、背中にはリュックを背負い、キャスター付きのかばんの上にかばんを更にもう一つ載せ、ゴロゴロ音を立てながら地面を突き進む父がおりました。傘を背中に背負えば『裸の大将』のようです。(父の体型はとってもスリムですが・・・)
 途中で母が「一足先にパン屋さんに寄って買物を済ませてくる」と言い、足早にお店に向かって行きました。すると、【ガーッ!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ!】と、けたたましく地面を鳴らす音が辺りに響きます。父が慌てて母の歩調に合わせ、キャスター付きのかばんを引きずって行くのが見えます。そのわずか前に、けたたましいその音を背中に聞きながら、『プーっ!』と笑いをこらえる母の姿も見えました。
 振り返った母は、父に一言二言語りかけ、また先を急ぎ始めました。すると、また、【ガーッ!ゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ!】と、父はキャスター付きかばんを音を立てながら引きずり、必死に母の後を付いて行こうとします。その様子を後方で見ていた私とみみかは、『プーっ!』と吹き出してしまいました。
 父のところへ追いつき、私とみみかが説明して、父を母とは違う方向へと促しました。すると、キャスター付きのかばんの音は、さっきとは打って変わり【ゴロ・・ゴロ・・ゴロ・・】とおとなしい響きになり、まるで父の『ショボン心』を表現しているかのようでした。これにも私とみみかは顔を見合わせ、再度『プーっ!』と大笑いしたのでした。
 とぼとぼ歩きながら立ち止まっては振り返り、父は何度も母の姿を探します。やがて、私たちの方へやって来る母の姿が見えた父は、嬉しそうに「来た来た!」と言って足を止め母を待ちます。その顔は本当に嬉しそうで、母を待つ純粋無垢な子供のようでした。 〜

 この時の父の行動と表情が、何とも愛らしく微笑ましく『愉快なやっちゃのぉ〜!』そう私に思わせたのでした。この辺りから私は、この『愉快さ』を今そのままの父の個性として受け止め、今までよりもさらに光明思考・光明姿勢で接していこうと心がけるようになっていったのです。

      

 
   
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