毒 盛 り
50代に手が届いた頃、父は脳内出血で倒れた。一命は取り留め、リハビリのお陰か身体の麻痺も目立っては残らなかった。ただ、直後の入院中は部分的な半身の麻痺が若干あり、言語の分野でも機能の低下が見られた。その後10年間、大きな病気もなく、薬は服用するものの健康で元気に働いていた。
そして、60代に手が届いた頃、認知症の症状がポツポツ現われ始めた。しかし、身体的には至って健康ですこぶる元気なことに変わりなく、そんな父を30年近く診て下さっている罹りつけのお医者さんは、「脳内出血を体験しその後の経過もよく、こんなに元気な人は見たことがない」そう仰った。確かに、現在に至ってはいろんな意味で『スーパー元気!超人!』の域である。
そんな父、この数年で薬の服用を嫌がるようになった。理由はいろいろ考えられる。
・元々、面倒くさいと思っていた(服用するのをよくサボっていた)
・元々、薬の苦さが嫌いだった(オブラートで包んで飲んでいた)
・元々、人間に薬など必要ない(服用してもしなくても何ら状態の変わらない父が在る)
そして今、薬の服用を嫌がる最大の理由は、『ゴックン!』と飲み込むことが出来なくなったこと。
『ゴックン!』が出来ない、それがはっきりと理解できていなかった母は、父が自分では管理出来なくなった薬の服用を、日々のお勤めのように父に促していた。ある日は、薬と水を一緒に飲み込めず、そのまま口の中に薬だけが残ってしまい、何度も水を飲みなおした。ある日は、とにかく口に入れたものの、嫌がって水も飲まないので唾液で薬が溶けていき、苦さが口の中に広がって、薬を『ペッ!』と吐出した。そのうち、薬を口の中に入れること自体を嫌がるようになって、差し出された薬をそっと服のポケットに仕舞い込んだりするようになった。
『ゴックン!』が出来ないと分かったのは、外出後のうがいを父に促した際、口に含んだ水を『クチュクチュ・ペッ!』ばかりをして、上を向いて『ガラガラ〜・ペッ!』を一向にしようとしないことからだった。何度見本を見せても『ガラガラ〜・ペッ!』が理解できない様子で、あんまりしつこいと逆切れされた。
その後、父の血圧などの心配をする母は、味噌汁の芋や豆腐の具材の中に錠剤の薬を忍ばせて、何とか薬を飲ませようと工夫したらしい。しかし、父が味噌汁を掻き回した時にポロリと錠剤が出てきてしまい、ゴミでも入っていたかのように箸でつまんで捨てられた。そんなこんなで、しばらく父との格闘は続いたが、なかなか上手く薬を飲ませることが出来なかった。そんな母、やがて薬のことでストレスを感じるようになっていた。
しかし現在は、そんなストレスも母には無い。私たちはある秘策を思いつき、それが首尾よく行っている。
私たちは、それを『毒盛り』と呼び、すり鉢とすりこ木で薬をスリスリ擦り潰し、父の汁物にこっそり混ぜ入れて食事に出している。多少の浮遊物は気にもせず、父は薬を毎日自分で口の中に運んでいる。
「これってホンマにええ方法やわ〜!」と上機嫌の母。父に隠れ、『イーッヒッヒッヒ〜!』とすりこ木をスリスリ操る私たちなのでした。
※これは我が家流の方法です、マネをしないで医師の処方に従って下さい!!
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