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  『 心 の 壁 』 と 『 愛 』


またある時、私は誰もいない部屋の中で自分の荷物の片づけをしていた。
すると突然、私の動きはスローになった。
体が重くなり動けなくなった私は、その場に寝転がってしまった。
私しかいない部屋の中での出来事に、何のための誰に対してのアクションなのか私には全く分からず、この時ばかりは途方に暮れてしまった。

答案用紙に書き込むための硬直も、確かに私一人きりの時が多いのだが、それはほとんど祈っている最中に訪れるものだった。
この時は、ごく普通に日常生活での用事をしていただけで、明らかにそれとは違っていた。
見えない何かに『一体どうしろと言うの?』と、私は心の中で呆れながら何度も呟いた。

どれくらい時間が経ったのだろう?
自分で自分の体を動かせない私は、同じ体勢が続いたため、だんだんと体に痛みを感じ始めた。
いつもはそんな時、誰かが私の体を動かしてくれる。
しかし、今私のそばには誰もいない・・・。
私以外の誰もいない部屋の中で、私は誰に見せるともなく硬直している自分の姿を滑稽に感じていた。

しかし、一方で私は驚いてもいた。
何故なら、一連の私の硬直が私の意志や感情やそういったもので起きているのではないと、私自身確信できたからだ。
もし私が無意識にでも、自分の意志でこういったことを『お芝居』しているのなら、観客のいないこの場所で、自分自身を滑稽に思うこのような硬直の一人芝居をする必要はないのだから・・・。

そして、確信は更に深まる。
自分の体に痛みを感じ始めた頃、その部屋の扉が開き誰かが入ってきた。
目を閉じたまま動けない私は、誰が入ってきたのか分からなかった。
が、この硬直の対象となる相手に違いないと思っていた。
幸いなことに、その時は声を出すことが出来た。
「誰?」という私の問いに、彼女は自分の名前を言った。
仲間の一人である、同室の女の子が帰ってきたのだ。

私の硬直には『愛』というものが関係する、そう感じていた私は彼女にこう頼んだ。
「私の手を握ってくれる?そして、私の体が動けるようにと私にあなたの『愛』の気持ちを送ってくれる?」
彼女は私に言われるまま、私の手を握って彼女なりの対応をしてくれた。
しかし・・・、私の体は一向に動こうとはしなかった。

そのうち、私は何とも言えない奇妙な感覚に気付く。
彼女の中に、『壁』を感じるのだ。
その『壁』が邪魔をして、彼女の『愛』が私に流れては来ない、そんな気がした。
思えば、彼女は自分の内に悩みや不満や悲しみをいっぱい詰め込んで、他人にはなかなか心を開こうとしなかった。
しかし、そんな彼女とも不思議だが私は仲良くなり、そういった心の内を少しずつ話してくれるようになっていた。

何も変化しない私の体に、彼女はどうしたらいいのか分からず戸惑っていた。
そこで、「何でもいいから、自分が今思ってることを言ってみて」私は彼女にそう言った。
すると彼女は、自分の心の中のつっかえを私に語り始めた。
彼女は、他の仲間たちにはとても話せないような心の葛藤を話し出した。
彼女が心の内を話すにつれ、彼女の中の『壁』が薄くなり小さくなるように感じられた。
そして、彼女の語る内容についてのやり取りを交わしているうち、彼女の中で何か気付きがあったようだった。
その瞬間、彼女の心はフッと軽くなり、その『壁』が取り去られたのを私は感じた。
それと同時に、握られた彼女の手から私を思う彼女の『愛』が私に流れ出し、私の体は自由になることが出来た。

体の硬直が解けた途端、他の仲間たちが一斉にどやどやと部屋に戻ってきた。
それは、この硬直の対象相手がやはり彼女だったと証明するかのような、素晴らしいタイミングだった。

このことで、『心の壁』と『愛』とは密接な関係にあるのだと私は学んだ。
『愛』を現すには流れさせるには、『心の壁』は大きな障害になるのだと。


 
   
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