|      プ ロ グ ラ ム 開 始 
                         
                         
                         
                        人間智では計り知れない世界、理解不能の流れ。 
                        そういった世界や流れがあることを感じることが出来た私は、自分の世界が広がったような気がしていた。 
                        しかし一方で、このことが私を憂鬱にさせた。 
                      それは、目に見ることが出来ないからこそ、人間智では計り知ることが出来ない世界だからこそ、人間である私はその世界から分離した存在のように感じられ、イライラモヤモヤの憂鬱な気分になるのだった。 
                        それはまさに、あの運命の本の内容そのもののような気がした。 
                        運命の本に出会って、歓喜のそして法悦の涙を流した私だったが、『思考も行動も定められている、神の操り人形・・・』そういった内容に、私は疑問と抵抗心を抱いていた。 
                      そういった世界が、『私の意志とはお構いなしに進められていくプログラム』そんな気がして、私の意志は?自由は?と、心落ち着かない不安に襲われるのだった。 
                        【選ばれた者】【使命】といったものも、いわばこの手の世界の事のようで、自分の意志から随分とかけ離れた事柄のように感じられ、そういったものに対する抵抗心を隠せないでいた。 
                      しかし、心で抵抗する私に容赦なく、そういった流れや世界のプログラムは進められて行った。 
                        あの感謝の日を境にして、私は更にさまざまなものを感じ始め、精神面だけでなく肉体面でも変化が現われた。 
                        それこそ、運命の本の『神の操り人形』ではないが・・・、天からの見えない糸に操られる操り人形のように、私の体は自分の意志とは関係なく変調した。 
                        ある時は、祈りを捧げている最中、私の体は勝手に激しく揺らされたり動けなくなったりした。 
                        ある時は、人前で突然体が重くなり、倒れ硬直したりもした。 
                        最初、そのような現象に戸惑ったものの、私の中で不思議と恐怖心は起こらなかった。 
                      私の体が揺れるその様は、まるで何かのエネルギーの揺れと共振しているようだった。 
                        自分の意志とは関係なく体が激しく揺れたりしても、それは嫌悪感や違和感を感じる霊障といった類ではなく、むしろ心地よかったのだ。 
                        高次な源から発せられたと思える吊り糸に操られる私は、ある種のトランス状態になり、揺れのあと倒れて動けなくなるのだったが、倒れる時にも必ず何かが私を【守っている】という感覚が私の中にあり、不思議な安心感もあった。 
                        実際、私はどこかに体をぶつけたり怪我をするというようなことは決してなかったのだ。 
                      それに、そういった一連の現象になるのには、必ず何かしらの意味があるのだと私は気付いた。 
                        ところ構わず寝転がり固まっている間、私は頭の中で自分の日々の生活や出来事などに思いを馳せた。 
                        すると、そういった出来事の中に象徴的な何かを見出し、そこから何かしらの気付きを得ることが出来た。 
                        気付きを得ることが出来ると、私の体はまるで催眠術から解き放たれたかのように、途端に緩んで自由になれたのだった。 
                      私の中の疑問や抵抗心に関わりなく、まさに文字通り『私の意志とはお構いなしに進められていくプログラム』は開始されたのだった。 
                        いつの間にか、私は自分の体が変調するたび『一体何に気付くべきなのか?』と、気付くべき事柄を探し出すようになっていた。 
                        それはあたかも、プログラムで用意された目には見えない答案用紙に書き込むための、それにふさわしい答えを見つけ出すための作業工程のようだった。 
                        やがて気付きを得た私は、『その答え、合格!』と見えない何かに判を押してもらい、体の自由が可能になって次のステップに進めるのだった。 
                         
                         
                       
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