33 

 

  神 へ の 全 託


その後、私は一人で何度かそこを訪ねた。
急にふらりと、その聖地の空気に触れたくなって立ち寄ることもあった。
何とも申し訳ない態度で臨んでいた私だったが、潜在意識では何かが変わっていたのだろう。
そこでの真理を知ったお陰で、実際私は自分自身を見つめ直したり、夫への今までの見方などが明らかに変わった。
そして、私自身や夫の取る態度や環境が少しずつ変化していったのだ。
しかし、根強い宗教への偏見から、私は真理の表面をちょっとかじっただけで分かったような顔をし、そことの距離を置くようになっていった。

【求めよ!さらば与えられん!】
【叩けよ!さらば開らかれん!】
結局、私は本当の意味での真理を求めたり、心底の本気で扉を叩いてはいなかったのだ。
でも、紆余曲折の結果、こうして私は数年ぶりに、確かな真理を感じたこの場所へと再び戻ってきていた。

この場所には、諸々の問題を抱え解決策を探る者、自分の奥底を見つめようとする者、真理を見出そうと修行する者など、さまざまな人たちがいた。
中には、普段ならとても仲良くなれそうもない自分の苦手とするタイプの人や、きっと会話がかみ合うことのないであろう、明らかに違う次元に自分の世界を持つ人たちなどもいた。
しかし、不思議と私は彼らに対して心から優しく接することが出来ていたし、かみ合う会話をちゃんと交わせて心の触れ合いを感じることが出来ていた。
その感覚は、なんとも言えず今まで味わったこと無い不可思議なものだった。
私の表面上の苦手意識や3次元意識は素通りされ、奥深い意識同士が互いにやり取りを交わしている・・・そんな感じだった。

毎日毎日、小さな出来事の中に大きな気付きがたくさんあった。
ここに導かれ、いろんな人と出会いそして学ぶことは、私にとって必要不可欠なことだったのだと、自然と思えるようになっていた。
出会うべく人たちに私は出会っている・・・いつしかそんな風にも思えていた。

ある日、B氏との会話の中で、自分の願いや祈りを毎日紙(神)に書いたらいいよと勧められた。
このようなアドバイスに、普段の私なら『フン!』てな感じで鼻で笑うところだが、どうしてだかこの時の私は、B氏のその言葉をとても素直に受け入れた。
『(ここで売っている)ノートを買いに行こう!』そう思った。
次の日、荷物を両手いっぱい抱えたお婆さんがいたので、荷物運びを申し出て手伝ってあげた。
荷物運びが終わると、そのお婆さんはとても助かったと喜んで、「これ良かったら使ってね」と私にお礼を差し出した。
すると、それは私が買おうと思っていた新品のノートだった。
書けと言わんばかりに、手元に届けられた贈り物に苦笑しつつも、計らいごとのタイミングの良さに私は驚いた。

その夜、私はさっそくノートに綴った。
『神様、あなたの御心のままに私をお使い下さい』と、神への全託の祈りを書いた。
でも・・・そう祈りながらも、やはり私の宗教への偏見と毛嫌いする心はしっかりと健在だった。
「神様神様」と偏ったように映る依存した真理バカになりたくない!という心が、私の純粋な部分から出る祈りを邪魔した。
そこで私は、『神様、あなたの御心のままに私をお使い下さい』に続いてこう綴った。
『そして、それに対して私が素直にあなたに従えますように』・・・と。
純粋な祈りに言いがかりを付けてくる宗教嫌いの私をもひっくるめて、私は全託したのだ。

『神様、あなたの御心のままに・・・』『そして、それに対して私が素直に・・・』のセットでの祈りが、しばらくのあいだ続いた。
その祈り方は、なんとも私の天の邪鬼な個性を反映していて、我ながら自分らしいとちょっと笑えた。
それでも私は本気で神様に任せきろうとしていたのだ。
そして、最初の訪問から時間はかかったものの、やがて私は神への全託の祈りを、心底本気でするようになっていった。


 
   
 33 




 

 

虹色アーチトップページへ