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  構 図


そういった祈りを続けるうちに、更に私は男性であるが故の本音と建て前や抑制・抑圧された思い、そういったものをその場で感じるようになった。
そして、どうしてだか分からないが、私の頭の中でこんな構図が浮かんでいた。

溜め込まれたもの(本音と建て前や抑制・抑圧された思い)は、ある種のパワーとなり攻撃力や突進力に変わり放出される。
それが、ある形では建設的な表現で放出される。
しかしそれを抑え込み、外の世界に放出することを許されなかった攻撃力や突進力は、怒りや鬱憤ややるせなさなどに変わり、男性の内にどんどん溜まることになる。
この溜まったパワー(怒り・鬱憤・やるせなさ等)を、男性はSEXを通して吐き出そうとするところがある。
そういった場合、そのパワーの放出を、相手となる女性が優しく受け止め包み込んでくれればいいが、男性にとってのアースのような働きであるSEX自体が上手く為されないとき、それは性的コンプレックスとなってしまう。
こういったものが更に抑え込まれると、男性特有のパワーが歪んだ性的パワーを生み、レイプなどの行為に発展してしまう。

男性特有のパワー、そしてそれが歪んだときに生み出される性的パワー。
その構図が正しいのか正しくないのかは分からないが、私にとってはある種の理解が深まる気付きではあった。
でも究極のところ、歪んだ性的パワーを抱え込む者たちは、『自分は愛されている存在なのだ』という自覚があまり無いのかも知れない。
愛する女性からそして女性の象徴でもある自分の母親から、『自分は愛されていない・・・』そう感じるに至る体験を、何かしらの形で味わったのかも知れない。
『愛して欲しい!』『愛されたい!』内に潜むこの切なる思いが、そういったパワーへと姿を変えてしまうのではないのだろうか?

彼らはただ『愛』を確認したいだけなのに・・・、そう思った。
そんなことを思いながら、この祈りの場には、男性的な何かが象徴され現れているのではないか・・・私は強くそう感じた。

そう感じたとたん、今度は男性と反対側である女性の象徴部分を感じ始めた。
男性特有の突進力には、女性特有の受け身的行為。
更に、愛してあげたいという母性愛にも似た憐れみの愛。
私さえ・・・という犠牲愛や悲劇のヒロイン願望。
そして女性的な優しさ・・・というか、実は弱さでも強さでもある、好きでもない男性に自分を捧げてしまう愛。
そしてそして、その心と反する肉体的反応の矛盾。

女性特有のさまざまな思いと感情そして肉体的な反応・・・これらに関する息づかいを、女性である自分の内にも私自身感じることが出来た。
そして、・・・思った。
女性もまた、自分の中にある本当の『愛』を表現し確認したいのだと。
全ては『愛』から関わり出ている行動なのだと、私はある種の理解を深めた。



 
   
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