も う 一 人 の 私
当初、私は夫がおかしくなってしまった、何か悪い霊でも憑いたんだと思った。
それほど夫の変貌ぶりはすごかった。
しかし、要は私自身の問題だった。
鉄の扉を閉じたままの夫を前に、葛藤・恐れ・迷い・絶望を繰り返しながら、私は少しずつ変わっていった。
夫がどんな人間であったのか、そして私がどんな人間であったのかを、初めて真剣に見つめ出したのだ。
ある日、私は夫と結婚式を挙げた教会を訪ねた。
重い心を引きずったまま、何の光も見出すことの出来ない私は、その時どこにも行き場が無かったのだ。
実家にいても、泣いてばかりの姿を見せてしまう私は、両親を悲しませるだけでとても辛かった。
知らず知らず自然と、いつしか私の足は二人が結ばれた教会へと向かっていた。
私たちの結婚式を担当してくれた当時の牧師はもういなかった。
でも、別の牧師がいて快く私の話を聞いてくれた。
私は自分の置かれた不幸な境遇を、その牧師に向かってこの上ないほどの号泣で訴えた。
私の悲しみの声に牧師はウンウンと深く優しく頷いてくれてはいたが、痛々しいほどの私の涙を前にした牧師の存在はなんとも無力に思えた。
それでも私は、『こんなにも夫を愛しているのに・・・』『こんなにも私は悲しくて苦しくて不幸で・・・』と、更に切々と訴え続けた。
そして、その最中それは起きた。
私の頭の中で、もう一人の私が、号泣している表面的な私を冷笑しながらささやいた。
【何も悲しくないくせに】【本当は楽しいくせに】と。
『えっ!何? 今の!?』
そう思った瞬間、ザザザーッと血の気が引いて行くのを私は感じた。
『悲しくない・・・?楽しい・・・?』 『そんな訳ないでしょ!現に、私はこんなに悲しくて苦しくて号泣してるじゃない!』そう心で思いながら、牧師に対する表面的な私の訴えは、現に未だ続いていた。
私はこの時・・・、潜在意識の中にいるもう一人の私の声を聞いたのだった。
|